鬼滅の刃にみる兄弟(兄妹)の絆ーその1

残酷な世界に生きる兄弟(兄妹)たちの在りかた─

アニメ・劇場版ともに話題の「鬼滅の刃」は2020年11月現在22巻まで発売されている。最終23巻発売前に鬼滅のテーマの一つ「兄弟(兄妹)の絆」について語る。鬼滅の兄妹と言えば、炭治郎(たんじろう)禰豆子(ねずこ)が有名だが今回は鬼側、特に黒死牟(コクシボウ)縁壱(ヨリイチ)を中心に話したい。

 

1:共へ地獄へ──「何回生まれ変わっても」

1:共へ地獄へ──「何回生まれ変わっても」

『鬼滅の刃』第9巻に登場した遊郭に潜む鬼の兄妹。表の顔は吉原の人気花魁。その性格は傲慢にして冷酷な妹「堕姫」ことウメ。人間の頃から取り立て屋を生業にしていた兄「妓夫太郎」─ギユウタロウ

 

 

周りから見れば間違いなく「外道」だったこの兄妹。しかし、2人の間にだけは確かに「」があった。ラストの「もう俺についてくんな─(その方がお前のためだ)」に対して「やだ!お兄ちゃん!置いていかないで!」としがみつく姿に、どれだけのわがまま妹フェチ達が涙したことか。

 

 

「何回生まれ変わっても アタシはお兄ちゃんの妹になる 絶対に!!」そう言ってギユウタロウにしがみつくウメ。お兄ちゃんが妹を背負って帰り道を行く。そんなノスタルジーを感じさせる最期も、行く先は地獄…

だけど、それでいいのだ。2人にとって大事なのは正しさではない。2人で一緒にいることなのだから。

2:すれ違い──「俺がカスならあんたはクズだ!」

2:すれ違い──「俺がカスならあんたはクズだ!

第17巻、最終決戦、無限城での一幕。
こちらは戦闘もさることながら、言葉の煽り(あおり)も強烈だった「兄弟弟子」対決。俺だけが特別なんだよこのカスが!とのたまう兄弟子「獪岳」─カイガク。俺がカスならあんたはクズだ!と抜群の煽りを返す弟弟子「善逸」─ゼンイツ

 

 

こちらには絆というか、一方通行のゼンイツの「尊敬」とカイガクの「妬み」があって結局、噛み合わないまま喧嘩別れの形で決着した。血はつながらなくても「兄弟弟子」という関係に「」を期待していたが駄目だった。散り行く最期まで「カイガク」には善逸の「じいちゃんに対して申し訳ない」という気持ちは届かなかった。理解もされない、通じ合わない気持ち。私たちの現実にもたくさんあふれている。

 

兄弟といえばこちらは「不死川」─シナズガワのすれ違う兄と弟。
実はツンデレだった暴力兄貴「実弥」─サネミ。見た目ヤンキーのヘタレ弟「玄弥」─ゲンヤ。2人は最終決戦の最中、兄の真意を聞き、ゲンヤは和解・共闘まで持って行けたが、タイミングが狂えば善逸たちの「兄弟弟子」対決のように、通じ合わないまま「死別」となっていたかもしれない。

 

最期に弟「玄弥」は兄に謝罪と感謝を述べられ、満足して逝けた。残された兄「実弥」の慟哭が響く中で───。
「不死川」の兄弟は
すれ違い、けれど最期に、間に合った確かに、届いた。その想いは、べタな物言いだが、兄貴の「心の中」で生き続けるのだろう。

3:「天才」の近くでは誰もが「劣等感」と対峙させられる。

3:「天才」の近くでは誰もが「劣等感」と対峙させられる。

天才最強の弟「縁壱」─ヨリイチ。
人間をやめた兄上「黒死牟」─コクシボウ。
鬼滅の刃3大テーマのひとつ『兄弟(兄妹)の絆』21巻でまた一つの決着をみた。

 

 

天才の「弟」に追いつけない「兄」の劣等感。優秀な弟に対する兄のコンプレックスは人類普遍のものであり、同じ道を歩むのならそれは「修羅道」となる。同門・兄弟・比べられる強さ。どちらも才能があり切磋琢磨し、それゆえに必ず「差」がつく。

「天才」の近くでは誰もが「劣等感」と対峙させられる。

高みを目指したものだけが焼かれる出会ったものにだけ刻まれる残像手を伸ばしても届かない「なぜ、いつもお前だけが」と憎悪を燃やす一方、その強さに憧れる。お前が嫌いだ」と惨めさと憤りを抱えながら、湧き上がる弟への情。「黒死牟」本人も語っているが、全てが色褪せていく記憶の中で唯一、鮮やかに思い出せるのが弟「縁壱」の顔というのは、何とも…泣きたくなるような皮肉である。

 

 

「縁壱」への劣等感こそが「黒死牟」を柱へと押し上げた力への源泉だったはずだ。湧いてくる弟への嫉妬と憤り、憎悪と吐き気、そして「強い憧れ」…家族を捨て、呼吸の使い手になり、柱に選ばれ、それでも届かない焦燥感に人をやめ鬼になっても、「縁壱」に対する劣等感だけは無くならない。

4:受け入れてはいけない憧れ──「お前になりたかったのだ」

4:受け入れてはいけない憧れ──「お前になりたかったのだ」

俺も兄上のようになりたいです」と兄を慕っていた「縁壱」の気持ちはついぞ届かなかった。じゃあ、きちんと腹を割って話し合えば通じ合ったのか?少年漫画のように夕日に殴り合えば和解できたのか?そんな単純な物ではない。高みを諦めることができなかったから、「天才」の兄に生まれてしまったからこその避けることのできない「修羅の道」だったのだろう。

 

 

「武家の兄」「剣術の才」「強さへの憧憬」─「弟」を受け入れるには黒死牟はあまりにも持ち過ぎていた。強い自負、確かな才能、幼き日に刻まれた劣等感、それらが「弟」を拒絶させたのだろう。──通じ合わない兄弟の想い。けれど散りゆく「黒死牟」の懐にあった「笛」は「縁壱」との思い出の笛だった。

 

 

「縁壱」が死に際にまで持っていた幼い頃の戯れ。2人にしかわからない、「すれ違い」の象徴のように斬られた笛「縁壱、お前になりたかったのだ。」と、吐露する兄。けれど、それだけは認めることはできなかった。認めてしまえばそこで止まってしまうから。もうそれ以上強くなれないから。

憧れ」を口にすることは「高み」を目指す者にとって敗北に他ならない。

 

 

弟の「日の呼吸」に対しての兄の「月の呼吸」。五臓六腑が焼けつくような「嫉妬」と、どんなに努力しても届かな「憧れ」。兄上のようになりたい弟と、お前になりたい兄。次世代に「繋がれる技と心」と何も残せないまま「惨めに消えていく鬼」。皮肉──ここに極まれりだ。

私は同じ「兄」に生まれついた者として「黒死牟」に強く感情移入した。

誰かに教えて欲しい…彼はどうすれば良かったのか?天才の弟に追いつけない兄はどうすれば良かったのか。きっと、答えを聞いても納得しないけど…。だったらせめて、斬り伏せて欲しかったと思う。最強の弟に。焦がれた憧れに

 

 

「黒死牟」の最期。崩れ散りゆく姿に途方も無い「虚しさ」を感じた。
と同時に、やっぱり持っていたあの「笛」が、歯噛みするような「温かさ」を放っていた。それは兄と弟の2人だけのモノ。2人にしかわからなくていい

そういう「キズナ」だったのだろう。         BGM「あなたへの月」Cocco

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