狂気、恐怖、最悪へ─助けてチェンソーマン!

チェンソーマン9巻(2020年11月発売)のレビュー。
狂気」に身を投じるデンジ、失うものを自覚し「恐怖」するアキ。動き出した運命の歯車は、日常を破綻させ、悪魔が予言する未来を描き出す。──『お前は未来で「最悪」な死に方をするだろう』──。

恐るべきスピードで展開していく物語に理解が追いつかない。安らぎの日常が実は車輪の下でゆっくり潰されていく途中だと気付いた時、私たちは何を選択するべきなのか?鬼才・藤本タツキの描く「チェーンソーマン」第9巻を主人公デンジやアキの心境の変化を中心に語る

1:「狂気」─知らなくていいという選択

先の戦いで多くの「仲間」が傷つき、命を落とした。主人公のデンジは大層ふさぎ込んでいるかと思ったが、いつも通りだった。地獄に落とされ、首を切られても、次の日にはいつも通り飯を食える。この辺がネジが外れていると言われる所以なのだろう。……だけど本当にそうなのだろうか?

デンジにとって大切なことは「マキマ」さんとのデート。けれど、その誘いを断って、「」に残った。アキの、なんでお前はマキマさんと行かなかったのか?という問いかけに、本人も不思議がっていた。デンジ本人すら自覚していないパワーに対する「」にとまどっているように見える。

 

 

悪魔が恐れるデビルハンター・最高にネジがぶっ飛んでる男─「学がないが悪魔のような発想でピンチを打破する」それが主人公デンジ。でも、もともとは借金のカタに売られた不幸な少年だった。裏稼業で悪魔を殺し、ヤクザに稼ぎをむしり取られ、ど底辺の生活を送る。唯一の心の支えは幼い日に「契約」した犬のような姿をした悪魔ポチタ。彼だけがデンジの「家族」だった。

 

 

過酷な環境で人が生きていくには、「こころ」を殺さないといけない。考えない。気づかない。忘れてしまえ。「」を生きるのに必要なことだけをやればいい。そこには私たちが常に考える「安全」かどうかなどない。イカれていなければ生きていけない、そんな環境に身を置いていたデンジは自然に「狂気」を身につける術を覚えていったのだろう。

いつの間にか世話を焼いていたパワーに対して「情」を感じ始めたデンジは自分に言い聞かす──「知らなくていーや」と。それは先の戦いで「最初のデビルハンター」に言われた言葉を想起させた。「殺す」ためにはバカになれ、デンノコ、と。

 

 

デンジの夢の中の扉。その前で「知らなくていーや」、とデンジは踵を返す。それは戦い続けるには必要な選択だった。けれど結局それは先延ばしでしかなかったことをデンジは知る。選んだようで実は何も選べていない。人生を回す「運命」という歯車は私たちの気持ちなど考慮しない。私たちが蓋をした知りたくない何かはいつか必ず自身に襲いかかる。あの描写はそんな暗示だったんじゃないか?

狂気」を発揮し、悪魔と戦うデンジは、欲望のままに今を生きればよかった。けれど、デンジはもう知ってしまった。ポチタだけが家族だった不幸な少年はもういない。「」だけの自分を優先することができない。デンジにとってパワーやアキは「家族」になってしまったのだから。

 

 

希望を抱いてしまったら、夢を叶えてしまったら、必ず始まってしまう「絶望」という名の「現実」。私たちがいくら知らないふりをしてもそこに在る。確実に時を刻み、いつか自身に襲いかかってくる。デンジが背を向けた「知らなくてもいい」という扉は絶望へのカウントダウンだったのかもしれない。──それはきっと私たちにとっても。

 

2:「恐怖」─怖気づきましたという選択

デンジとは打って変わってこちらは大層気落ちしている様子のアキ…と思ったら、意外に普通。いや、こいつは誰も見てないところで「泣く」男だった。素直でまっすぐ単純。まともな人間だ。

ただアキにとって大切なことは「銃の悪魔」に一矢報いること。何よりもそれを優先した。共に戦ってきた仲間が死んでも、自身の寿命が残り少なくなっても、その歩みを止めなかった。ひとり隠れて泣きながら──。

 

 

けれど、あんなに渇望した銃の悪魔討伐から降りると告げる。上司である「岸辺」のどういう心境の変化なんだ?と問われ、「怖気づきました」と返す。落ち着いた、何かを悟ったようなアキのその横顔には「恐れ」などみじんも感じられない。ただ、脳裏をよぎるのはデンジとパワーの死にそうな姿──。

 

 

最初は「監視」だった。真面目なアキくんにはデンジは軽薄なチンピラに見えただろう。さらには悪魔に肩入れするような言動に不信感も抱いていた。パワーも同じだ。馴れ合うつもりはないと言い切った。その力を利用するだけだと。

 

 

けれど、2人の騒がしさに振り回され、世話を焼いていくうちに、いつしか「家族」のような生活を送るようになった。過酷なデビルハンターの仕事の中で2人の騒がしさはアキにとって心地良かったと思う。仲間の「死」を見続けてきたアキにとって死なないでずっとそばにいる2人は救いだったのだろう。

 

 

9巻の見せ場の一つ、アキが心情を吐露する瞬間。あぁ、やっぱりかと納得した。
復讐を動機に行動できるやつはイカれてて怖い。自身の命すら「道具」として使ってこれるから説得できない。死んだ後のことなどどうでもいいと考えているからだ。つまり「過去」と「」としか見ていない。けれど、デンジとパワーへの「」を自覚してしまったアキには「未来」が見えてしまった。自身の死より優先すべき「家族の未来」が。

デンジとパワーには幸せになってほしい─。
自分より先に大切な人に死なれる「恐怖」。
それが「怖気づきました」という言葉の真意。早川アキ、やっぱりそれが本音か。

 

 

しかし、ここでさらなる衝撃の展開が始まる。この場面でこれをやる作者は鬼だと思う。まさに鬼才。けどこれもまた予定調和。動き出していた「運命」の歯車はオートマチックなのだ。私たちの心情などお構いなしに全てを踏み潰して行く。その先に何が在るのかは神(作者)のみぞ知っている。──私たちにはどうすることもできない、のか?

 

3:「最悪」─キャッチボールという選択

誰にとっての「最悪」だったのか?が、9巻の重要なポイントだったわけで…。
読み終わった瞬間、そっちかぁ……と思わず空を仰いでしまった。かぶりを振って、手元の単行本9巻の表紙に目をやるとますます切なくなった。79話「キャッチボール」の扉絵なんか作者は俺を殺しにきているんじゃないかと疑いたくなるようなセンスだった。

 

 

それぞれがそれぞれへの「情」を自覚した2人、デンジとアキ。
それを最大限に踏みにじる最悪な展開に多くの読者が「絶望」し「吐き気」を催したんじゃなかろうか。作者・藤本タツキの心情的には、「これで読者は全員吐いたかな?」ぐらい考えていそうで怖い。

 

 

死体を乗っ取られ「魔人」になったアキ。「チェンソーマン」第1巻のアキの話によると乗っ取られた死体の人格は「悪魔側」つまりもう人間じゃない。本人じゃない。殺しても「こころ」は痛まない。そのはずだった。けれど、そいつはデンジの「名前」を口にし、パワーは魔人ではなくアキの「匂い」がすると言う─。

 

 

最悪」な戦いが始まり、デンジは必死に呼びかける。その最中、乗っ取られたアキの心象風景は幼い日の自分とデンジが2人で「雪合戦」をやっているというものだった。幼い頃に家族を失くし、蓋をしていたアキの「一緒に遊びたい」という欲求。それが「魔人」になり解放され、周りを巻き込んだ破壊・虐殺行為に変換される様子は「悪趣味」としか言いいようがない。(褒めてます)

 

 

結局、最後にはデンジが魔人を倒して終わる、いつも通りの決着だった。でもそこには少年マンガ的な「救い」は皆無だった。「何かの力」が働いて人間に戻るアキや、一瞬だけでも人格が戻りデンジに「自身の意思」で殺してくれと頼む、そういった展開は一切なかった。読者にとってもまさに「最悪」の結末だった。

 

9巻最後の「キャッチボール」の風景。あれだって、早川アキの本当の願いが何だったのか、それを読者に突きつけてくる残酷な描写だ。銃の悪魔に家族を奪われなければ、デビルハンターとして「こころ」を磨耗させる日々を送らずに済んだ。「戦い」ではなくて「一緒に遊びたい」というアキの本当の願い。雪合戦ではなく「キャッチボール」がしたかったアキの、叶うことのなかった残酷な心象風景だ。

 

 

キャッチボール」の人生を選べなかったアキの死に様。
魔人になったアキにとどめを刺し、その傍らで、ほうけるデンジ─。

最悪」な結末過ぎて、私の嗚咽が止まらない……。

 

終わりに:助けて、チェーンソーマン……

狂気」──敵を目の前にした時のイカれぶりこそがチェーンソーマンの真骨頂。
しかし、それはデンジが敵を「殺してもいい」と認識したとき限定の強さだ。ボムの魔人「レゼ」の時は彼女を殺さず見逃した。彼女に対して「」をしていたからだ。なら銃の魔人になった「アキ」を殺した時のデンジはどんな気持ちだったのだろうか?

 

 

デンジは口には出さないが「家族」や「友達」ような存在になりつつあったアキ。「殺したくない」やつをその手で殺さなければいけなかった時、人はどんな気分で「その先」を生きていけばいいのだろうか?

 

 

銃の魔人となったアキが破壊と虐殺行為を続け、それをやめさせようとデンジがボロボロになっていくシーン。破壊された町の人たちが「お願い」「助けて」と懇願し、デンジに血を与える場面。あれでデンジには選択肢がなくなった。逃げる」と「このまま殺される」という、しょうがないと諦めるための選択肢が、デンジから奪われたのだ。

 

 

助けて」と簡単に人は口にするけど、その言葉が「ヒーロー」をさらなる地獄に突き落とすことがある。「アキ」がこのままたくさんの人を殺し続けるという「絶望」と、この手で殺して「助けを求める人たち」に応えなければいけないという「絶望」。どちらの絶望が最悪なのか。デンジは自分ではなく、アキにとっての「絶望」を止めるために戦った。結果、アキは「デンジにとって」最悪な死に方をした。

 

 

助けて、チェンソーマン!と叫ぶのは簡単だ。ヒーローが駆けつけて「あなた」を守ってくれるだろう。だけど、そのヒーローが「泣き」ながら戦っていることを私たちは知っているのだろうか。どんな気持ちで敵と戦っているのか。「こころ」を殺し、「バカ」になり、チェンソーを振るうデンジを守ってくれる存在はいないのか?

おそらく次の10巻でもまだ悲劇は止まらない。
悲劇は加速する。そこに「救い」を求めるのが少年マンガなのだけど、「救い」を信じていたいけど、運命の歯車は人の気持ちを考慮しない。だからそこに慈悲などありはしない。ただ唯一、可能性があるとするならば、デンジが何を」選ぶかにかかっている。

ポチタと融合した時も、デビルハンターになった時も、デンジに「選択肢」は無かった。レゼに一緒に逃げようと誘った時、あそこで何かが変わろうとした。結局、ラストで「マキマ」に阻まれたが、あれはデンジの「選んだ道」だった。誰に押し付けられるでもなく、状況に流されるでもない、自分の意思で決めたこと。その先が「絶望」だとしてもデンジにとっての「救い」になるはず、だった。

 

 

デンジはまだ、自分で選べる「選択肢をもっていない。誰かや状況に無理やり押し付けられた「選択肢」だけを選びとってきた。大切な「家族」を手にかけ、今まで通りにバカで過ごすことができなくなった時、デンジが何を選ぶのか……。「日常」を押しつぶす車輪の音を無視することはもうできない。

誰かが口にする呪いの言葉「助けて、チェーンソーマン………」。その時デンジは再び「狂気」に身を投じるのか、それともこれ以上失いたくないと「恐怖」に身を引くのか。誰も予想できない第3の選択肢があるのか。黒幕のようなマキマさんが何を考えていようと最後に選ぶのはきっと「デンジ」のはずだ。どんな「最悪」な結末になろうとも、私は最後まで見届けたい。

 

 

どこかでブウンと吹かしたエンジン音が響いている。
狂うことができればどんなに楽だろう。
どうかデンジにひとさじの甘い夢を     BGMハルカトミユキ「Vanilla」

 

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